| VOL.7 04.10.17 |
2004エジプト?アテネ旅行記
今年はオリンピックイヤー。喜ばしことに私の後輩がフェンシング日本代表に選出された。祭り事の好きな私は入院中の祖父から金をむしり取り、息のかかった3人のシモベとこの夏オリンピック観戦に行ってきた。
旅の仲間を紹介しておこう。
まずは、サラ金。こいつは金融会社を営むヤクザの息子だ。残りの二人を牛耳る調子乗り。高校時代、幾度となくぶっ飛ばした記憶がある。
次にブッダ。こいつは由緒ある寺の息子で浄土真宗の開祖、親鸞聖人の末裔だ。24年間一度も女を抱いたことがない。いずれ立派な僧になるだろう。
そして、気は小さいがチンコはでかい、巨チン兵。それ意外はなんの取り柄もない男だ。
以上の3人と、途中エジプトに立ち寄る計画を立て、我々は出発の朝を迎えた。
一日目
午前8時すぎ、京都駅に集合した私たちの姿はTシャツ、帽子にリュック。地中海沿岸の強い日射しを避け、旅をアクティブに動き回るオーソドックスなスタイルだ。その中ただ一人、巨チン兵だけは帽子もかぶらず、白カッターシャツにショルダーバッグ。よほどの旅の上級者か、恐れを知らないバカなのか・・・。彼の口から出た言葉は「ビデオカメラの充電器を忘れました。」ただのバカであった。香港の見せ物小屋の売り飛ばそうかと迷ったが、こいつは結構金を持っているので、まだ生かしてやることにした。
関空特急はるかに乗り込み一路関西国際空港を目指す。車内では旅の期待と不安が入り交じったトークに華が咲いている。シモベたちが最初に降り立つエジプトでの作戦を地球の歩き方とにらめっこしながら立てている。私はそれを横目にビールと鯖寿司。最高の主従関係。年上に生まれたことを幸せに感じる瞬間だ。
そうこうしているうちに関空に到着した。搭乗手続きを済ませ、円を外貨に換える。少し早めの昼食をとり、それぞれ雑誌など買い物をする。そしていよいよセキュリティチェックだ。何度経験しても緊張が高まる。旅慣れしている私は余計なものを携行しないよう心掛けているため、なんなくパスする。問題は巨チン兵だ。ズボンに隠した彼のマグナムは機内に持ち込めるはずもなく予想通り止められる。金属探知機が彼の体を探る。や、やばい。機械の反応したものは・・・ペットボトル。セーフ。隣ではブッダがカミソリを取り上げられていたが、別にどうでもいい。
無事セキュリティチェックを終え、搭乗ゲートからエジプト航空機内に乗り込んだ。機内は意外と閑散としていたが、乗客の4割はアラブ人。テロの恐怖がこみ上げる。飛行機嫌いに付け加え、テロと隣り合わせの状況になかなか寝付けない。フライト時間は約13時間。疲れ果てた頃、ようやくカイロ国際空港に到着した。
空港内でビザを取得し、入国審査を済ます。次の日の夕方には早くもアテネに飛ぶためリコンファームの手続きをする。訪れたエジプト航空のカウンターでは、早速発展途上国特有の無秩序さが充満している。並ぶことを知らない彼らに腹を立て、「だからお前らのGNPは上がらないんだ!!」と日本語で叫びながら、なんとかリコンファームは完了。これで明日の飛行機は心配ない。
いよいよ空港の外に出て、市の中心へ行くためバス乗り場に行く。乗り込んだのはエアコン付きの比較的快適なバスだ。エジプトの公用語はアラビア語。たまたま乗り合わせた日本人の女の子に声をかけ、降りる場所を教えてもらう。どうやら留学生らしい。この国に用のある人間は吉村作治教授だけかと思っていたがいろんな人間がいるものだ。日本人留学生に別れを告げ、バスを降りる。
我々のすべきことは今夜の宿探し。見渡す限りのアラブ人。彼らは全員マリオ顔。足の裏に任天堂の刻印があるのではないかと疑いながら歩き始める。秩序のないこの国では信号はあるものの、まったく役に立っていない。車は停まることを知らない。事故が起こらないのが不思議なくらいだ。車と車の間を全員がBダッシュで駆け抜ける。我々もマリオを見習いBダッシュ。赤髪、タンクトップに赤いショートパンツの私は目立ってしょうがない。
あらかじめ宿のめどは付けていたので30分ほど歩いたところでホテル・ヴィクトリアに到着した。値段の割にはいいホテルだ。荷物を置いて少し外を散歩する。近くにあったファーストフード店?でショワルマというサンドイッチを買い、歩きながらほおばる。訪れた国の食べ物を食い、その国のビールを飲むのが旅の醍醐味だ。
ホテルに帰った頃には夜中の12時を回っていた。男同士の旅の夜は常にフルチンでホテルの室内をウロウロする。なぜだか理由はわからないがフルチンでウロウロする。それも旅の醍醐味。心を許している証拠なのだろう。明日の作戦を少し練り、我々は床に就いた。(続く)
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| VOL.6 03.07.10 |
私、先月に仕事の関係で一週間ほど横浜に行っていました。その際、出張期間の前後に休みをとり東京へ行ってきました。
私は幼少の頃からサムライに憧れ、中学入学と同時にフェンシングを習い始め、大学卒業まで突きつ突かれつの毎日を送っていました。その為東京に出かける機会が少なくとも年に一度はあり、東京は意外と馴染みのある街であります。
もっぱら私の試合会場は歌舞伎町で、ある筋からは「剣豪」と怖れられていました。 あれから約二年、かつてライバル達としのぎを削った地に再び舞い戻った私は、さらなる強敵と対峙するため、歌舞伎町に敵無しと悟り、一路新宿二丁目へと足をのばしました。
新宿二丁目...ネオンが眩しい歌舞伎町とは比べ物にならないほどの邪悪な空気が漂い、意外にも閑散とし、私の描いてたイメージとは大幅に違っていた。少しその界隈を歩いてみるとすぐにゲイショップが目にとまった。店先にはジャニーズや反町などのイイ男のプロマイドが売られ、その中にはなぜか中川家礼二まで...むぅぅ、これは手強い。ここに我が敵ありと見た私は店内に潜入を試みる。ひとしきり店内を見渡したあと、落ち着いた態度ですかさず店員に声をかける。「この辺りに強い男はいないか?」と。すると意外にも二十歳そこそこの店員の答えは「僕、興味無いのでわかりません。」なにぃぃぃ?だめだめぇ、興味ないのに居ちゃだめだよ、いや、それ以上に私がまるで男に興味があるようではないか...憤りを感じた私はその若者の鼻の頭に無言で三連コンボを叩きこみその店を後にした。
その後、ゲイショップのすぐ近くにあったサイケデリックな店の前に座っていた細みの青年に声をかける。新宿二丁目にサイケな店...まさにハードコア。しかしこれまた私の読みは外れ、なんとこの青年が実はオンナ...。この街に女性は似つかわしくないと地方者でありながら瞬時に悟った私はかつて「剣豪」と言わしめたポコをサヤから抜き、少女の頬をしばきあげ、闇に葬りさった。
これはもう辻斬りしかないと痛感した私は「最近イイ男と出会ってますか?」といういかにもという看板の前で辻斬りに挑む。いかにも店の買い出し帰りの長髪ジャニ系青年と金髪につなぎを纏った青年二人組みに声をかけ彼らの働く店内に案内された。二人組みに声をかけている最中、目と鼻の先でレザーパンツに白シャツにレザーベストを併せた黒髪七三分け少年隊風のいやな男前、見るからにハードゲイの視線とやる気を一身に受けていたがあえてその男との対峙を避けることにした。 店内に他の客の姿はなく店員が四人ほど。まずは様子をうかがっていると敵からの探りが入る。「ネコとタチどっち?」まずは受け身の姿勢をとろうと「ネコです」と答えると敵は攻撃体勢に入った。「やらせろ、しゃぶらせろ」の連続口撃!虚をとられた私に反撃の体勢はとれず、ひとまず折を見てトイレに緊急避難。気を引き締め直し、もう一度戦いを挑もうとした矢先、ママ(男)の膝の上に座らされ背面座位のポーズで腰をカクカク...。その心地よい振動にうかつにも私の乙女モードは全開になり...。
その後の展開は皆さんのご想像にお任せします。ただ一つだけ言えること、私はママに携帯番号を教えたにもかかわらず、未だ私の携帯にママからの着信はありません...。東京は恐いところです。中途半端な調子はぶっこかないで下さい。
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| VOL.5 03.02.22 |
皆さんお久しぶりです。ご機嫌いかがでしょうか?今回のコラムに笑いはありません。私の心の傷を少し覗いて下さい。
先日とある知人が私に話した「人生に無駄なことはない」、それが今回のテーマです。みなさんが日常生活を送るうえで無駄なことは一体どれだけ存在するでしょうか。「今、寄り道だらけです。」近頃某CMでそのような台詞を耳にします。寄り道は無駄に思われますが、寄り道しなければ見えないことがある、という無駄の一切を否定するCMであります。
また一見して失敗とはその大小に関わらず成功するにこしたことのない、できることならば皆が避けて通りたい「無駄」に思われます。しかし「失敗は成功のもと」という言葉が示す通り、無駄である失敗が重大な意味を持つことを皆は承知していることでしょう。つまり無駄というマイナスイメージは、実はその全てをプラスに置き換えることができる要因を持ち併せているのです。そういう訳で「人生に無駄なことはない」と誰しもが思うことでしょう。
しかし無駄は存在したのです。しかもそれは私自身の小宇宙の中に...。そこは負の空気が漂うネガティブワールド。私の暗く湿った肛門括約筋をビッシリと覆う魔界植物。きっとオバケはそこにいる。頭髪は落下物等から身を守り、鼻毛は大気中の汚れを遮ります。その他、体に生える毛は「お前はドコを守ってんねん!」というような毛ですら何らかの役割をまっとうするべく生息しているのでしょう。しかし私の肛門括約筋を守るべきはずの毛は無駄を通り越えて時として牙をむけてきます。あえてここでは毛を「無駄」と呼ばせて頂きます。
排便後、ペーパーで筋を拭く時に「無駄」で切れるんです。「無駄」で血がでるんです。筋の護衛を任せたはずの「無駄」に私は攻められているんです。裏切りです。私のブリーフの中で本能寺の変が起こっています。ご周知かとは思いますが私は幼少の頃から中性的な顔立ちに似合わず下半身の体毛が超男性的で毛人、毛村君等数多く罵られてきました。恨んだこともありました。けど友達だってできたんです。次第に「無駄」に愛着を感じ始めていた矢先、その「無駄」の存在の「無駄」に気がつきました。私は自身の内にある「無駄」を発見してしまったのです。それ以降「拭かずこすらず」の精神を貫き、今では秘技「押し取り」を身につけるに至りました...がショックでした。守ってくれるはずの「無駄」に傷付けられるとは思ってもみませんでした。
繰り返します。全てのマイナスは考え方一つでプラスに置き換えることが出来ます。皆はポジティブかつアクティブに人生を歩んで下さい。私はどう転んでもプラスに換えることの出来ない「無駄」と、そしてブリザエース(ボラギノール可)とともに人生を歩んで行きます。
いかがでしたでしょうか、私の心の傷もといおケツの傷は?それでは皆さん、また会う日までサヨウナラ。
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| VOL.4 01.12.24 |
今回はナショナリズムについて書いてみます。
最近テレビや新聞を騒がしている同時多発テロに対し、民間人を巻き込んだ無差別テロに私は憤りを感じます。しかし私が感心するのはイスラム原理主義者のナショナリズムです。ナショナリズム、それは愛国心であります。私は日本人のナショナリズムの低下に心底呆れ果てています。最近若者の間で「日本で戦争起こったらどうする?」といった会話が交わされているのを耳にした方もいるでしょうし、実際に心当たりのある方もいるでしょう。世界情勢に感心を持つのは喜ばしいことですが、この問いに対し必ずといって良いほど返ってくる答えは「屁ぇこいて逃げる!」などといったレベルの低いものではないでしょうか?屁をこく必要性は全くないはずです。もっと身近に考えなくてはいけない問題に対し、自分とは無関係と決め込んでいる姿勢に私は腹が立ちます。この国に「サムライ」はいないのか・・・ラモスしか・・・。このことに私はテロ以上の憤りを感じています。
さらに私がナショナリズムの低下以上に憤りを感じているのが、日本人のナショナリズムをあおるつもりか何なのか知りませんが、「Jリーグ」といったように何でも「J」をつけることです。イタリアには「セリエA」、ドイツには「ブンデスリーガ」といった何とも洒落た名称があるのに「J」はないやろ(笑)。もっとひねれよって突っ込みたい。次に「Jリーグ」にあやかって出てきた「Jビーフ」。邦衛で若者の心が動くかっちゅうねん。動くのは物真似の口だけやん。ネタとしか思えません。私としてはこういった名称に英語を使うこと自体が疑問であり、結局は欧米の真似としか思えません。私としてはいっそのこと「大東亜玉蹴り連盟」や「大日本帝国特選撲殺牛」といった趣きのある言葉で攻めてもらいたいものです。実況もオール日本語で「カズが玉を蹴ったぁ!!...北澤の玉を思いっきり蹴ったぁ!!」なんてゆわれたら、アナタも見るでしょ?!
もっとひどいのがJリーグのチーム名。全く統一性がない。何語やねんって、どこの国にあこがれ持つねんっていいたいですね。まず意味がわからないでしょう?「京都対大阪」って聞いたら、「あぁ、あいつらやりよんねんな。」って思うけど「サンガVSガンバ」ゆわれたら「何を争うねん!」って思いますよね。それにしても「ガンバ大阪」はないでしょう。「がんばれ」とかけているんでしょうが、
よくそのチーム名でサポーターが応援してるなって疑問に思います。「がんばれぇ〜、ガンバ大阪ぁ、ガンバがんばれぇ〜」、馬鹿にしてんのかっ!!!!!
そして最後に関西デジタルフォン改め「J-PHONE」。これはまさに思惑通りですね。なんせ略称が「J」ですからね。「自分どこの携帯なん?」「俺ドコモ。自分は?」「俺、J。」...略すな!!!何を「J」で得意げになっとんねん。いっそ「J=ジェイ」を「J=ジョージ」に変えるべきですね。アメリカナイズな洗練された響きじゃないですか?「俺、ジョージ。」
以上で今回のコラムを終わりますが皆さんくれぐれも世の中に溢れる「J」には振り回されずに(世の中に溢れるジョージじゃないですよ)生きていきましょう。川平慈英(カビラジエイ)に関しては私が止めてみせます。
P.S.私キムラはまもなく「ジョージ」と付き合って5年目のヘビーユーザーです。
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| VOL.3 01.09.06 |
久々のコラムです。長編です。気合い入ってます。
私は先日、友人と3人で知人を訪ね、アメリカはアトランタに行って参りました。滞在期間中は知人宅に世話になり、3人で一部屋を与えてもらっていました。ところで皆さん、歯ぎしりを耳にし、その様子を目で見たことがおありでしょうか。今回共に旅をすることになった私の友人はいびきもさることながら、歯ぎしりがひどいのです。旅の疲れも溜まり始める4日目、夜も白み始める時間にクラブから帰ってきた私達は3人一部屋で床に就きました。もともと眠りの浅い私は小一時間したくらいに彼の歯ぎしりで目が覚めたのです。「ギッ、ギッ」という聴き慣れない悶絶もんの音が室内に響き渡り、それから約3時間耐えに耐えたのですが、布団を頭いっぱいまで被ってもこだまする擬音にたまりかね、注意してやろうと彼の顔を覗きこんだ瞬間、私は愕然としてしまいました。奇妙にも彼の口が左右に動いているのです。思わず、「何喰ってんねん!!」とつっこみかけてしまうほどでした。幸せそうに何かを一心不乱にむさぼっている彼の表情に呆れ果て、リビングに移動した私は、その後も彼の歯ぎしりの音が耳から離れず、彼のアホづらを思い出し、『本当に何か喰っているのではないか?』『喰っているとなれば何を喰っているのか?』と疑問に陥り結局睡眠をとることは不可能でした。次の日、彼に注意した私は「無意識やねんから注意されても困る。自分で何とかしてくれ。」と逆にいわれてしまいました。
さて、皆さんはどう考えますか。歯ぎしりをする方が悪いのか、はたまた彼のいう通り被害者である自分が自衛策を練らなければならないのでしょうか。私はこのことをきっかけに以前実際に起こった、ある笑い種の事件を思い出しました。記事の内容を詳しくは覚えていませんが、このような事件です。検問で一台の車が警察に停められ、トランクを開けると中から人がヒョコッとでてきたのです。驚いた警察が事情聴取を行うと、トランクの中の人は運転手の友達であることが判明しました。実はトランクの彼、体臭がきつく、そのことを本人も自覚し、車に乗る時は常に自分から進んでトランクに入っていたのだそうです。実に涙ぐましい努力ではないですか。体臭というのも自分では気付かず、人にいわれて初めて、自分は臭い星のもとに生まれたのだと気付くパターンがほとんどではないでしょうか。ちなみに私は臭い星のもとに生まれついたことを自覚しています。かといってトランクに入るような真似はしませんが。なぜなら私は他人の苦痛に歪む顔を見るのが好きというサディスト的理由を持っています。同時に人間の存在意識を刺激し、自我の解放を促しているのです。私はこのカオス的社会に皆、意味や理由を求め過ぎだと常々考えていますが、
こと迷惑に関しては別であり倫理を持っています。
歯ぎしりの彼は私のような真っ当な理由も持たずに他人に迷惑をかけているのです。「腹へってんねん!」くらいの理由があれば、「じゃあ仕方ないな。」となるものを、無意識やからしゃないやとぉ?無意識のうちに人に迷惑かけるんが一番たちが悪いんやっちゅうねん、ボケッ!!私は彼が今後、自分から進んで「ほな俺、トイレでねるわ。」と笑顔でゆってくれることを心待ちにしています。私はその努力に応えれるよう、「あぁ、そうだね、君ほどウンコがよく似合う男も珍しいよ。」とお世辞の一つでもゆってあげようとさえ考えています。皆さんも知らないうちに他人に不快感を与えていませんか?金だの愛だの口にする前に、そのくっさい口を開けずに喋る努力でもした方がいいんじゃないですか?私が高校に通っていたころ、ある先生が生徒みんなから「口が臭い!」といわれて、手で口を覆って喋っていましたよ。両親の期待を裏切らないよう、他人に迷惑をかけずに慎ましく日々を送りましょう。ねっ、シン君!
ちなみに今回の旅で一番の思い出はストリップに行き、1ドル札をアメリカ人女性の下着にはさんできたことです。お父さん、お母さん、僕は良い子に育ってます。
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| VOL.2 01.05.28 |
みなさん去年一年間をどのようにすごされましたか?西暦2000年は千年紀ということもあり、我々ラブマネクルーも年明けから多いに浮かれてたわけですが、やはり最大のイベントはミレニアム・クリスマスであり、私も少なからず、その甘酸っぱい響きに、期待に胸を躍らせていた、一小市民であります。
クリスマスと言えば、毎年その時期に限ってLOVERのいない私は、古くからの友人「K」とここ数年必ず一夜をともにしており、4年前には「K」と我が家にて悪魔を召喚する代わりに、おかんを呼んでしまうという大惨事を引き起こしました。彼女のいない我々が私の部屋にて黒い蝋燭を灯し、魔法陣を描き、安物のケーキを供え「エロイムエッサイム」を唱えていたその時、、、ドアが開き「あんたら何してんの!アホか、このアホ!」と電気をつけ、ケーキをほおばる母の姿がそこにありました。悪魔召喚の夢はついえたのですが、それはそれで思い出深いクリスマスとなったわけで、ミレニアム・クリスマスには晴れて悪魔を召喚しようと2人の間で血の約束が交わされていました。しかし、またしても事件が起こったのであります。2000年11月未明、人形屋を営む我が家に勤めている「K」が私の部屋に入ってきて、『ユウ君、「H」ちゃんと付き合ってんかぁ』とくっさい口を開いたのです。もの凄い悪臭が漂い草木の枯れる中、とっさに私は「クリスマスは?」とこれまたくっさい口を開きかえしました。さて問題なのはこの「H」ちゃん。私とくっさい「K」とくっさい「H」は宗田おさむの「ズッコケ3人トリオ」に勝るとも劣らない仲良し三人組みで、彼女は私とくっさい「K」に対し「この2人と付き合うことはない」と言い切っていたのです。にもかかわらず、私がちょっと髪の毛を気にしているにもかかわらず、くっさい「H」はくうっさい「K」とひっついたわけです。今では朝から晩までくっさい「K」のくっさいのをほおばり、くっさいのをくっさい「H」のくっさいのに突き刺し・・・あーもう、お前ら僕の地球をどうする気なんだよー!話がだいぶとそれてしまいましたが、「クリスマスは?」と聞き返した私に「K」は慌てた様子で、こともあろうに『「H」と2人で話し合ってんけど、三人で一緒に過ごそ』と寝っ屁のようなことをぬかしたのです。男気溢れる元船長の私は「いるかー!」とどなり「K」を部屋から追い出しました。「お幸せにな、お2人さん」と心でつぶやきながら。その後の私は悲惨そのものでした。ラブマネvol.8では「誰かクリスマス一緒に過ごそ」とマイクで言ったり、くっさい「K」とくっさい「S」には目の前でクリスマスの話をされ、「ユウ君クリスマスどうすんの〜?あっ、ごっめ〜ん、ユウ君彼女いいひんにゃんなぁ」と鼻も曲がる、まるで死臭のような息で呼吸すら許されず、義理の父には肉体を求められ嫌がる私に無理矢理・・・。さてみなさん、一体私はどの様なクリスマスを過ごしたでしょうか?12月24日は携帯の電源をOFFにし、自らを秘密のベールで包み込みました。あえてここでは申し上げません。またの機会に。男女の友情というものは存在するのでしょうか?20年間そんなもの糞の役にもたちゃしねぇと思っていた私にHは必死で男女の友情を説き、それを徐々に理解していた私を尻目にくっさい2人は合体し仲良し3人組みは最悪の結末を迎えました。男女の友情は始まりの終焉、終焉の始まりでありました。だから私は屁をこぐ。何はともあれ、くっさいもん同士お似合いやし、さらに臭いに磨きをかけたらいいと思うよ。僕を裏切った「K」君、君にはくさ総長の称号を与えよう。そして僕に男女の友情を涙ながらに説いてくれた「H」ちゃん、君はくさ総長とともに一生十字架を背負って生きなさい。最後に僕をとことんバカにしてくれた「S」君、君まじ臭うって。
注)本文に登場する人物の臭いに関してはフィクションですが私の臭いはノン・フィクションです。キムラにゃ気を付けろ!
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| VOL.1 01.02.22 |
この度、「ラブマネ」ホームページ上にてコラムを書かせて頂くことになりました、アフロック船長改めキムラユウでございます。最初に、イベントで私を「船長」と呼ぶことをみなさんやめてください。「カンフー☆アフロック」は「裸天国☆アフロック」に生まれ変わり、メンバーの方向性の違いから活動停止になったのです。ちなみに次回私がステージにあがる時は「カンフー☆アフロック」改め「裸天国☆アフロック」改め「裸天国☆紅葉パラダイス」としてです。その時は温泉旅館にふさわしく、私を「番台さん」もしくは「エロ番台さん」、もしくは「おエロさん」とお呼びください。
現在ラブマネで影を薄めた私は屋台を始め、なるべくして店長になりました。本当は店長ではなくシン君が勝手にそう思っているだけでただのヒラ社員なんで、みなさん今後は私を「船長」ではなく「店長風」もしくは「店長風な人」と呼んで下さい。
コラムを書くにあたって第一回目の今回は私の自己紹介的な文章を書かさせて頂きます。私は某大学に通いサークルではなくクラブ活動にいそしむ、最近ハゲが進行するどころか少しずつ、少しずつではあるが着実に生えてきている、生えてきていることを声を大にして言いたい、21歳であります。クラブにおいては第39代主将を務めさせて頂いています。大学のクラブといいますと4回生は神様、3回生は普通の人、2回生は奴隷、1回生はゴミと連想されます。しかし我が部におきましてはこの様な風潮はみられず、先の2月12日に行われました「西日本選手権大会」で衝撃の事件が起こったのであります。我が部は部員13人(うち4人は4回生のため引退、残りのうち3人は幽霊部員)と所帯人数の非常に少ない大学内ではウンコ扱い同然の部であります。正直いって部内の雰囲気は最悪に等しいものがあります。というのは一つ年下の後輩が嫌いで、彼は私以上に私のことが大嫌いで練習中に彼と会話を交わすことはなきに等しく、出来ることなら顔を合わせたくないと思っています。彼が。いや、私も。大会は和歌山県で開催されるため交通手段として車をだすことになったわけですが、13人−引退−幽霊部員=6人とはいえ一台では納まりきらないため、3人3人に分かれ二台だすことになりました。当然のことながら彼とは別車両であります。大会は朝が早いため彼の実家の大阪に泊まることになりました。しかしそれだけは避けたいため、断固として反対した私に対し、皆が「せんぱ〜い、先輩は一人で電車で行ってくださいよ、ブヒー。」とまるでわたしを豚扱いするのです。この信じ難い言葉に対し、「そうですね、ほな電車でいきますわ。」と答えた私は次の日、試合には行かず自宅にてゴロゴロしていました。これは明らかに私に対する挑戦状であり、結果的に行かなかった私は挑戦に対し負けたわけではありますが、体育会系に生きるものとしてあってはならないことであるため、鉄拳制裁を加えることを心に誓ったのでありますが、信じられないことに試合会場にきていた我が部のOBの「キムラ(私)はどうした〜、ブヒー。」という問いに対し、彼が「インフルエンザです。」とフォローしてくれていたのです。このことに対して痛く感心し、私は上下関係の絆のようなものを感じ、豚扱いされてもいいや、あいつらが僕を太らして食べてしまうつもりでもいいやと思った、半年で6キロ増量中でぶキャラまっしぐら、お母さんは豚?の21歳でありました。
以前、「カンフー☆アフロック」のホームページ上で私が掲載していた「アフロック船長の航海日記」では、非常に創る苦しみというものを感じ、毎回更新を楽しみにして下さっていた方々には、気付いたら終わってたみたいな、いっちゃってたみたいな、「もう終わり?あなた早いのね」みたいな感じになってしまいましたことを、この場をおかりしてお詫び申し上げます。並びに「航海日記」上にて人権侵害、虫けら扱いされた方々にも、お詫び申し上げます。この度のコラムでは以前のようなことを避けるため、私の創作意欲を煽るような質問、お題なんかも募集しちゃいます。それでは次回、またお会いしましょう。ブヒー。
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